山に行こう 山行回想録 礼文岳

礼文岳

標高490m・北海道

1994年10月・1995年6月・1998年8月
単独行

●写真

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●交通

東日本海フェリー稚内港〜礼文島香深港(1時間55分)
宗谷バス香深港フェリーターミナル〜内路(20分)

●山行:(歩行時間4時間)

内路(50分)起登臼分岐(80分)山頂(70分)起登臼分岐(40分)内路

●記録文

”礼文島”、私にとってこれほど特別な意味を持つ土地はない。私の登山活動はここから始まったといってよい。山に登るとき、私は常にこの島の面影を求めているのかもしれない。標高490mの礼文岳。500mにも満たないこの山を最高点とした礼文島は北海道の魅力を箱庭のように詰め込んだ空間だ。1994年10月、稚内から独りフェリーに乗り、初めてこの地に降り立ったときの感動を今でも忘れることはできない。
礼文島を歩くときには二つのコースが考えられる。ひとつはこれから記録する礼文岳。もうひとつは、礼文島の西側25kmを8時間かけて歩く、通称”8時間コース”である。過去私は礼文岳を3回、8時間コースを1回歩いている。8時間コースについてはこの記録の末尾に余録として記載してある(ただし4年前に一度歩いただけなので記憶が不確かな部分もある)。ちなみに花を見るなら8時間コースを歩いたほうがよい。礼文岳には花はほとんどない。
さて礼文岳に登るには香深フェリーターミナルのバス停から内路までバスで移動することになる。私はいつも6:30発のバスを利用している。元地の民宿に泊まった場合、バス停まで車で送ってもらうことも可能だ。頼めばおにぎりも作ってくれる。このバスは7-8月のハイシーズンになると、8時間コースを歩きにスコトンまで行く若者で大混雑する。早めに並んでいたほうがよいかもしれない。ちなみに内路で降りる者はほとんどいない。
内路は小さな港になっている。小川があって子供が釣りをしていたりするが、なんとこんな海の近くで岩魚がつれるという。橋の真下におりてひょいひょい釣り上げている。礼文島の川は地形的に短くならざるを得ないし、やはり水がすんでいるせいだろう。橋のそばには商店が一軒だけあるが、酒は売っていないようだ。もし車で来るなら空き地があるので地元の人に断って止めることも可能かもしれない。港の近くにはきれいな公衆便所もある。
礼文岳への登山道は民家の裏手を登るように行く。フリー乗降のバスは気を利かせてその前で止まってくれるので迷わずに行けた。斜面に作られた小さな菜園の横を通って10分も登り、ちょっと後ろを振り返ると、内路の港が美しい。港には漁師の捨てる雑魚をめあてに、無数のカモメが群れている。さらにしばらく行くと、さえぎるものなく、礼文島の北側が見渡せるようになる。穏やかな丘陵地帯は一面チシマザサにおおわれ抽象的な風景を生み出している。人工物はなにもない。彼方には水平線が浮かび上がり、これがサハリンにつながっている海だ、と思いながら目をこらしてみる。これだけの景色で自分は今北海道にいるのだなー、ということをいやがおうにも実感させられた。
やがて登山道はシラカバの樹林帯に入っていき展望はなくなる。この辺りではいつもベニテングダケに出会う。こんな毒キノコも色が鮮やかなだけに、見ると心踊らされる(注:食べてはいけない(笑))。小1時間もすると左手に起登臼からの道が合流する。私は起登臼側の道を歩いたことはないので詳しい状態はわからない。礼文町のパンフレットにはこの道は記載されていないが(1998年現在)、それだけに原始的な自然と触れ合える可能性もある。
礼文島の東側は丘陵地帯なので、所々アップダウンはあるもののおおむねなだらかな道が続く。徐々に高度を上げるとササとハイマツが入り混じるようになりあっという間に森林限界で、再び展望が効くようになる。礼文岳手前の小ピークの上に立つと頂上が見えた。時には澄んだ空気の向こうに、また時には強風と霧の向こうに垣間見るように、小さな頂はふっくらとそこに佇んでいる。そして意外に急な最後の登りですがすがしい汗をかくと、礼文島最高点の礼文岳山頂である。
透明な空気。空と海の深い青。ため息の出るような景色だ。山頂の一角にはケルンがあり、晴れた日には利尻富士との対比が美しい。頂上からは今まで見えなかった礼文島の西側が一望できて、8時間コースはあの辺を通っているんだろうなー、と想像できる。また北を見渡せば、長細い礼文の丘陵地帯がスコトンへと連なり、流麗なラインを描き出している。以前は山頂から8時間コースへと合流する道があったらしく、実際地形図にもその記載があるが、踏み跡を少し行ってみるとすぐにハイマツに埋もれてしまっていた。この登山道はぜひ復活してほしい。礼文岳と8時間コースを併せて歩ければ、より感動的な山旅になること間違いなしだ。
後ろ髪を引かれながら、帰りは往路を引き返す。内路から香深へのバスは本数が少ないので、ゆっくり歩いていってもよいだろう。バスが来たらフリー乗降なので手を上げてとめればよい。以前私も歩いたことがあるが、そのときは運良く途中で香深郵便局の人が車に乗せてくれて、香深まで送ってくれた。8時間コースの帰りにも香深井から香深まで歩いていると、やはり郵便局の人が車に乗せてくれたが、今考えてみると同じ人だったのかもしれない。こうした暖かく素朴な心遣いが北海道の人には必ずあって、いつも感動させられる。

●余録:8時間コース

●写真

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●交通

宗谷バス香深港フェリーターミナル〜スコトン(1時間8分)

●記録文

8時間コースを歩くということは礼文島の自然を知るということに等しい。8時間コースが縦断する島の西側は、車道の通る東側に比べ海側に切り立った断崖が多く、西上泊・元地を除いてほとんど未開といってよい。外海に削られた奇異な景観や、夏には貴重な山野草が咲き競うお花畑など、見所は多い。礼文島をほぼ南北に縦断する形になるので8時間コースという名前どおり8時間で踏破するにはそれなりの体力が必要だろう。夏の日の長い時期に、10時間ぐらいかけてゆっくりと歩いてみたい。
スコトンでバスを下車するといよいよ最果ての地に来たのだなということを実感させられる。うねるササ原ととんがった岬の中で土産物屋とトイレ以外には何もない。スコトン岬の先には無人のトド島があり、冬はトドが生息しているそうだ。最北限の雰囲気を堪能したあと、はやる気持ちを押さえてゆっくりとゴロタ岬の登りにかかる。ここは何も遮蔽物のない草原のなかを登る道で、風が強く、私は絶壁の下の海まで飛ばされそうな錯覚に陥った。前方は鉄府海岸の砂浜と澄海岬の岩礁、岬のグリーンのじゅうたんと、海の群青色の対比がすばらしい。後ろにはスコトン岬までの荒涼とした景色が広がって、「なんというところにきてしまったんだろう」思わずこんなせりふが口をついて出てしまう。
一度下ってしばらくゴロタ浜の砂上を行き、今度は澄海岬に登る。積丹半島の海の色はシャコタンブルーと呼ばれるエメラルド色の美しさだが、ここの海はそれに勝るとも劣らない鮮やかな青色だと思った。景観を楽しんだ後港へ下ると西上泊だ。ひとり歩いていると、地元の老婆がゆでたての白魚を手のひらいっぱいにくれて、それを何も味をつけないでそのまま食べたのがとびきりおいしかったのをよく覚えている。西上泊からは香深へのバスも出ているのでここでエスケープすることも可能だ(ただし本数は少ない)。またスコトン〜西上泊〜浜中と歩くコースは4時間コースと呼ばれ、ここを歩くだけでも十分礼文の自然を堪能できるはずだ。足に自信のない人も、礼文に行ったらこのコースだけはぜひ歩いてみたほうがよいだろう。
8時間コースは西上泊の民家の裏手を上がっていく。この入り口はちょっとわかりづらく、私は地元の人に教えてもらった。ここからアナマまでは礼文特有の丘陵地帯で、ハイキングするのには本当に気持ちのいいところだ。途中の召国には漁の番小屋か何かがあるらしく、バイクなども通るが、その分岐を過ぎると人里離れてどっぷりと自然につかることができる。シラカバの林を抜けてアナマに近づいてくると斜面の砂地が崩壊しているところがあるので、慎重に通過。砂れきの急斜面(アナマ岩の砂すべり)をロープにつかまりながら一気に海まで降りると小川が海に注いでいる個所に出る。ここがアナマと呼ばれるところだ(この川は礼文滝ではない)。ここからは海岸伝いに宇遠内を通り元地までは7kmの海岸歩きである。岩場なので時間がかかるかもしれない。
宇遠内には一軒宿の民宿ウエンナイ荘がある。ここへの交通手段は船か歩きしかないという強烈なロケーションだ。歩いているとまったく人気がないところにふっと人家が現れるのでとても安心したのを覚えている。ここから元地海岸までのルートだが、元地海岸のほうから礼文滝・宇遠内方面に向かって行こうとすると、今(1998年)は落石のため進入禁止の表示が出ている。現在は宇遠内から島の東側の香深井へと進んでゴールするのが正式ルートになってしまったようだ。地蔵岩手前の”8時間コースゴール”の看板もなくなっていた。じつは私が歩いた4年前も強風と高波のため海岸歩きを避け、宇遠内から香深井へと脱出している。宇遠内から元地海岸までのルートを再び歩ける日はくるのだろうか? やはり8時間コースの最後は元地海岸と地蔵岩の夕焼けでしめてみたいと思う。
香深井へは歩きとおした後の丘越えになるのでさすがに足がじんじんしたのを覚えている。礼文林道にぶつかればあとは車も通れる広い道を下ればよい。香深井からは香深までのバスも出ているし、宿の人に頼めば車で迎えに来てくれるかもしれない。
礼文の”縦走コース”ともいえるこの8時間コース。まだ山のやの字も知らなかったころがむしゃらに歩いた思い出は心の中から消えることはない。いつかまたこの花の浮島を、思い出をかみしめながら”縦走”してみたいと思っている。

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