山に行こう 山行記録 荒船山

荒船山

最高点 行塚山 標高1423m・群馬県

2002年3月19日(火) 晴れ
日帰り 単独行

●ワンポイント

トモ岩からの浅間山と高原的な眺めがGOODでした。日本情緒の残る麓の様子も強く印象に残りました。威怒牟畿不動は霊感に満ち溢れて、星尾あたりからみた立岩はトトロが出てきそうな懐かしさがありました。

●写真

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●交通

往路JR蒲田4:41 − 上野5:09
上野5:13 − 高崎6:54
上信電鉄高崎7:18 − 下仁田8:14
下仁田町営バス下仁田駅8:20 − 三ツ瀬8:46

復路雨沢タクシー代替バス羽根沢16:34 − 下仁田駅17:08
上信電鉄下仁田17:17 − 高崎18:13
JR高崎18:41 − 上野20:12
上野20:17 − 蒲田20:45

●山行:(歩行時間5:51)

三ツ瀬8:46-相沢9:18-中の宮10:15-艫岩11:10-休憩30分-艫岩発11:40-行塚山12:17-休憩18分-山頂発12:35-星尾峠12:48-途中休憩20分-威怒牟畿不動14:14-休憩15分-威怒牟畿不動発14:29-線ヶ滝14:55-星尾15:13-羽根沢16:00

●記録文

これまで西上州には出かけたことがなくて気にはなっていたのだけれど、今日は思い切って日帰りで荒船山まで足を伸ばしてみることにする。ただし登山口までの往復移動時間が合計8時間、と単独行にはちとつらい。新田次郎の小説を読んだり、まどろんだりしながらなんとか高崎までたどりつく。
高崎からは上信電鉄に乗車。時代を感じさせる車体だ。高崎商科大学前駅開業記念だとかで、一日乗り放題のフリーパスを駅員に勧められ購入した。1100円也。下仁田まで片道1080円だからほぼ半額、と朝からかなり得した気分になる。ちなみにこの駅員さん、あとから車内まで地元の観光案内のパンフを持ってきてくれたりしてとても親切。水上駅もそうだったけど、群馬の人って人がいいなぁ...
大勢の学生に混じって下仁田で下車。駅舎の向こうに上州の奇峰が盛り上がっている。改札を抜け市野萱行のバスに乗り込むと間髪いれずに発車。乗客は自分ひとりだった。町並みは古く、時代を感じさせる家が点在している。下仁田駅を離れるにつれ、どんどん時代がかっていき、昭和のはじめにスリップしたような日本的な風景が広がる。ちょうど梅の時期にあたっているのがさらによかったのかもしれない。熊の毛皮を干している家もあった。
三ツ瀬でバスを降り、まずは相沢の集落を目指す。古くからの信仰の跡が祠や地蔵としていくつも残っている。家、畑、墓が一体としてあって、古い時代を想起させる。岩に対する信仰があるのか、塚のように祠が乗っているものがいくつもあった。花や松なども植えられていて、集落全体が盆栽とか箱庭になったような雰囲気がある。郷愁を誘われる風景だ。地元の方とすれ違うと、どなたもニコニコしながら挨拶をしてくれた。
相沢川の向こうに目指す荒船山を望みながら相沢集落の最奥に到着。もう少し行くと、しっかりした道標があって、荒船山への登山道へと入る。はじめ30分は植林帯の単調な登り。これをこなすと尾根に出て、冬枯れの雑木の間に目指す荒船山の岸壁を見ながら行く。岸壁には白い流れが見えるけど、凍結した雪か何かだろうか...? このあたりは陽だまりで雪はまったく見られない。ときおり風が吹くと意外と寒い。
再び樹林の中に入りどんどん登ると「中の宮」と標のある巨岩のある場所につく。巨岩の下には微妙なバランスで空間があってそこには祠が祭られていた。しばらく先にはきれいな沢もある。手をつけてみると、思ったよりは冷たくない。
艫岩に向けて徐々に道が急になり、再び尾根筋に出て小屋場分岐あたりからは、路に凍結した雪がつき始めた。雪というよりもむしろ氷に近いかもしれない。艫岩直下のガードレールのあるあたりになるといよいよ滑って歩けない斜度になったのでアイゼンを装着。3-40mで荒船山頂稜に出て、急に平坦になる。一投足で艫岩に到着。誰もいない岸壁上では信州側からの風がびゅうびゅう吹き荒れていた。
北方の眺めは、直下からきれ落ちているだけあって絶景。間近に神津牧場の伸びやかな景色が広がって、その先にど〜んと浅間山が雪煙を上げている。左に目を振れば、北八ツの蓼科山が見える。さらに奥には北アルプスらしき白峰が連なっている。右に目を振ると、妙義山の奇岩・奇峰、その向こうには榛名山や赤城山、隣に鼻曲山があって向こうには谷川連峰も見えた。本日はこれらの眺めを独り占め。雄大な気分で一服つけることが出来た。
ちなみに山頂にはトイレつきの避難小屋があり、内部はきれいに清掃されていた。5−6人は泊まれそうだ。小屋備え付けの温度計を見ると4度になっていた。
さて、立ち去りがたい思いを胸に、ここからの下山路を考える。行塚山を通って毛無岩から小沢橋へ降りるか、それとも同じく行塚山から威怒牟畿(イヌムキ)不動を通って、羽根沢へ降りるか...迷った挙句、バス時間・コース状況との兼ね合いで、羽根沢に降りることにする。余裕があれば立岩も、と思ってたのだけど、初めての山域だし無理は禁物。ゆっくり進むことにする。
荒船山山頂部は気持ちのよい台地状で、笹原の中をほとんどアップダウンなく進む。途中、沢があったりして、これも不思議。一転、行塚山へは急激な登りに変わる。ここも凍結していて登降には要アイゼンだった。
行塚山山頂は狭い。それでも切り開きから八ヶ岳の全容と、甲武信岳・金峰山あたり、浅間山を望むことが出来た。ここにも祠があって、信仰の篤いことがうかがえる。
凍結した行塚山直下を慎重に下り、あとは南面の乾いた道を星尾峠まで進む。途中、毛無岩への分岐があって、後ろ髪を引かれつつも、バス時間もあるので羽根沢へのくだりへと進む。星尾峠で佐久側の荒船不動や御岳への道を分け、しばらく行って風のない日当たりのいい場所で昼ご飯にした。今日はここまで誰にも会わず本当に静かな山行だ。梅干をしゃぶると、疲労がすうっと回復していった。
右手に御岳やローソク岩のぎざぎざな稜線を眺めながら下降。何本かの小沢を横断し、小気味よく進む。やがて道は小さな尾根を越えて植林帯へ入って行った。石が苔むして尋常でない雰囲気の場所を通り過ぎると、威怒牟畿不動への分岐があった。時間を見るとバスには間に合いそうなので、登り返して見物することにする。
さて、数分の登りをこなしてついてみると...これはすごい! 30mはあって、頭上にのしかかるようになった垂直の崖の上から、風に吹かれて霧のようになった滝がキラキラと零れ落ちてくる。崖の中部の奥まった場所に崩れかけた社があって、これがまた歴史のにおいをぷんぷんはなっている。こんな山奥に、こんな幻想的な修行場が綿々と存在しつづけてきたとは来てみるまでは想像もできず、山全体に人気がないので、恐ろしいほどの霊気を感じさせられた。
秘密めいた威怒牟畿不動を後にし、大沢集落を目指す。沢沿いの道をどんどん下ると、やがて舗装路に出て、少し行くと線ヶ滝があるのでこれも見物。35mの一条に流れて落ち込む滝がすばらしい。こんな景勝地に観光客の一人もいないところがまたさらにすばらしい。
大上〜星尾の集落は、道々に祠や社、美しく守られたお墓や数々の土蔵、昭和初期や大正を思わせる古い家並みなどが続き、相沢の集落以上に郷愁を誘われる場所。梅や早春の花がそこかしこに咲き、振り返れば立岩が空にそびえて、桃源郷に来たかのような風景だった。無垢な笑顔で話し掛けてくれた村のお年よりも思い出になりそうだ。
羽根沢のバス停到着。今日は結局一人の登山者にも会わなかった。贅沢にも荒船山を独り占めできたらしい。酒を忘れたので、酒屋を探すも、付近には数件の民家と農協の事務所、廃校になった小学校しかない。仕方ないのでバスがくるまで、対面の民家の犬を相手にお茶を沸かして一服する。
しばらくして大屋山に登ったという老人と一緒にバスに乗車。運転手の話によると、4月下旬はアカヤシオが咲いて、山が赤く染まるほどだそうだ。やがて下仁田駅に帰着。駅前の店でビールとワンカップ、お土産に味噌こんにゃくを購入。再び車中の人となり酒を飲みながら長い帰路についた。
初めての西上州は大満足。山の造形の複雑さもさることながら、麓の未開発さ、「失われた日本の景色と心」とも言うべき村々、そして今も息づく信仰のしるしが本当に印象に残った山旅になりました。

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