山に行こう 山行記録 畦ガ丸〜加入道山

畦ガ丸 加入道山

畦ガ丸(標高1293m・神奈川県)
加入道山(標高1418m・神奈川県/山梨県)

2003年3月9日(日) 快晴〜3月10日(月) 快晴
畦ガ丸避難小屋1泊

●写真

写真を見る 写真を見る・その1(JPEG 9枚 284K)
写真を見る 写真を見る・その2(JPEG 9枚 397K)

●交通

往路JR蒲田7:30 − 横浜7:47
相模鉄道横浜7:57 − 海老名8:29
小田急海老名8:39 − 新松田9:10
富士急バス新松田駅9:35 − 大滝橋10:45

復路富士急バス道志の湯11:56 − 都留市駅12:49
富士急行都留市12:50 − 大月13:07
JR大月13:28 − 八王子14:20
八王子14:28 − 東神奈川15:27
東神奈川15:31 − 蒲田15:46

●山行

1日目(歩行時間2:59)
大滝橋10:50-一軒屋避難小屋11:59-休憩45分-一軒屋避難小屋発12:44-大滝峠上13:40-畦ガ丸避難小屋14:34
2日目(歩行時間3:49)
畦ガ丸避難小屋6:45-モロクボ沢ノ頭7:14-バン木ノ頭7:52-白石峠9:03-加入道山9:23-休憩12分-加入道山発9:35-道志の湯10:46

●記録文

●1日目
仕事が一段落して月曜に休みが取れたので、久々に泊りの山行に出かけることにした。今回はBに買ってもらった冬用シュラフ(モンベル ダウンハガー#1)のテストも兼ねている。月曜の予想最低気温は平地で1度なので、氷点下での性能を試すことが出来そうだ。
場所は西丹沢。日帰りでも行けるところだけど、バス便が少なく勝手が悪い山域だ。一方この地区には避難小屋が多くて、管理が良いと評判なので、以前からどれかに泊まってみたいと思っていた。今回は一軒屋避難小屋か畦ガ丸避難小屋のどちらかに泊まって、畦ガ丸〜加入道、そしてできれば大室山を歩く、という予定を立てた。
新松田は年配のハイカーが多い。西丹沢自然教室行きのバスもほぼ満員で出発した。しかし、そのほとんどは谷峨までに降車。丹沢湖以降は自分ひとりとなった。大滝橋で下車し道標にしたがって林道を進んでいく。ここは東海道自然歩道の一部となっているので、道標がしっかりしている。
林道が尽きて、大滝沢沿いの山道となる。1度目の渡渉で、木橋が流失している箇所があった。少し上流の浅瀬で石伝いに渡る。しばらく行くと同年輩の単独行とすれ違ったので聞くと、昨夜は一軒屋に泊まったという。独りだったそうだ。尾根にはけっこう雪があるという情報を得る。
緩い勾配の登山道で、何回か渡渉を繰り返す。ふと気がつくと一軒屋避難小屋のある明るい広場に出た。日が差して気分の良いところなので、ここで休憩。沢で水を汲んで、カレーヌードルを作って食べた。小屋は評判どおり綺麗にされていて、奥の板間は3人くらいなら快適に泊まれそうな広さだった。毛布もあるし、水にも苦労しないが、トイレはない。この間、何人かの登山者が下山していくのを見送った。どこの山も混むこのご時世、日曜にしてはひっそりとしている。
大滝峠上へ向けて出発。この先水場はない。明日の分の水を汲んだのでザックが重くなった。出掛けに量ったときは16K位だったので、今は19Kほどか...? ステタロー沢沿いに少し行くと、湧き水があった。小屋近くで汲んだ水を捨てて、こちらに汲みかえた。口に含むと無味無臭の水だった。
ステタロー沢を左右に何回かまたいで、やがて離れた。日陰に残雪や凍結した箇所が現れ始める。大滝峠上で道は尾根に出た。ここからは高度を上げるにつれ残雪が増え始める。トレースはしっかりついているが、古い足跡が凍って一部滑りやすい。途中2人組が下山するのとすれ違って、結果的にこれが今回の山行であった最後の登山者となった。右手に見えるのは檜洞丸だろうか?
畦ガ丸小屋の手前で道はいったん下るが、この辺りで雪の量がわっと増え、畦ガ丸への急な登り返しでは何回か滑りそうになった。照り返しがまぶしく、目を開けているのが辛い。ファッションではなく目を守るためにサングラスが必要だ。呼吸を整えて後ろを振り返ると、樹間に富士山が見えた。
畦ガ丸避難小屋到着。当然だれもいない。内部は広く7−8人は泊まれそうな感じで、噂どおり綺麗に整頓されていた。布団や毛布、ろうそくやホカロンなども置いてあった。薪ストーブもあるし、トイレまである。窓はガラスの2重窓で、外の景色が見える。小屋日誌を見ると前回宿泊者は2/8、その前は1/21だった。今日は日帰りの親子が休憩していったようだ。
一段落したところで畦ガ丸山頂を往復。山頂は木立の中で、樹間から道志の山並みと富士山、それに雲取から奥秩父辺りが見えた。このあたりの積雪は20cmほどか。
小屋に戻るとすることがない。持参の日本酒をお燗して、ちびちびやり始める。1時間ほどでだいぶ出来上がってきた。雪をコッヘルに盛って、水を作った。自宅の冷蔵庫に鍋焼きうどんを忘れてきたので、予備食のレトルトカレーを夕飯にした。連続でカレー味の食事になってしまった。
日が暮れると足から冷えてきたので、シュラフに入る。床には小屋備え付けの布団を敷かせていただいた。シュラフに入ってしばらくすると、すぐに体が温まった。温まった体は眠りに落ちていった。
当夜はダウンハガー#1のお蔭で、快適な一夜を過ごすことが出来た。厳冬期用のシュラフなので、この程度の気温ならば、全く余裕のようだ。テント泊ならば、また違った感想があるかもしれない。
●2日目
独りだけの一夜を過ごし、4時くらいから目が醒めて、5:50起床。暖かいシュラフから出るのに苦労した。小屋から出ると、檜洞丸らしき山から太陽が昇ってきた。西側には、朝焼けに染まった富士山が美しい。今日も快晴だ。味噌汁に餅投入の朝飯を食し、撤収して小屋を出発。何とはなしに一晩のお礼を言って出た。
いったん降ってモロクボ沢ノ頭へ。途中斜面で富士山を垣間見ることが出来た。モロクボ沢ノ頭で東海道自然歩道の本道と別れて加入道山へと向かう。予想外に雪があるのでトレースがないときついなと思ったが、やはり土日に歩いた人がいるようで、心配はなかった。バン木の頭辺りで、知床で買ったクマよけのスズをなくしていることに気付き、ショックを受けた。クマスズをなくすのはこれで2度目だ。また、北海道で買ってこなくては...
複数回のアップダウンを繰り返し、足が徐々に参ってきた。久々の泊まり山行なのと、雪が多いせいもある。ペースも遅れ気味となった。そんな調子なので、白石峠につく前に、大室山は断念する腹が決まった。いっぺんに登っても面白くないし、次に取っておこう...この間、樹間からは三ツ峠や御正体の向こうに富士山や南アルプスが見え隠れしていた。
白石峠から加入道山までは急坂を20分。バスや温泉の時間を考えながら、多少焦り気味のペースになる。加入道山も樹林の中の山頂。冬枯れなので、これまで歩きながら見えていたのと同じ景色を、もう一度ゆっくり眺めることが出来た。山頂の傍らには加入道避難小屋があった。こちらは一軒屋と似たタイプの小屋。やはり、毛布や布団は完備。窓がスリット式なので冬は少し不利かも。標高が高いためか外見は少しくたびれていてドアが開きづらかった。
大室山に後ろ髪をひかれながらも、山頂を後にして、道志へと降っていく。道志への道の入口は北側でガチガチに凍っている上に斜面をトラバースする感じなので、アイゼンをつけてから入っていった。しばらく行くと、悪場はなくなったので、アイゼンを外して、後は雪道を快調に下っていった。途中、鳥ノ胸山、御正体、富士山が立派に重なって見えるところがあって、いままで見晴らしの悪かった分を全て取り戻したかのような気分になった。
東屋を過ぎて、横浜市の水源涵養林のあたりで鹿除けの柵を2回くぐると、道志の里へとたどり着いた。結局、麓まで雪は途切れることがなかった。低山でも山域が違うと、同じ標高での雪の積もり方がだいぶ違うようだ。
車道を少し歩くとすぐに道志の湯があった。バスの時間をチェックすると、次は11:56で1時間後。そのあとは16時台で、富士急のHPにあった14時台のバスがないことが判明。大室山に行っていたら、とんでもない待ちぼうけを食うところだったので、結果的にラッキーだった。
平日の午前中、道志の湯はお年よりの憩いの場と化していた(入浴料2時間500円也)。一風呂浴びて山行の汗を流し、冷えたビールを飲んだときの味はまた格別だった。家のお土産にほうとうを買って、帰りの酒に笹一酒造の本醸造を追加。ガラガラの富士急バスに乗って蒲田への家路に着いた。
西丹沢辺りの山域は展望には恵まれないけれども、わびさびの山行を堪能することが出来る。雪の中の静かな山行に充足を得た久々の泊まり山行だった。

戻る

ホームページへ


(C)2003 Kazushige Koai