山に行こう 山行記録 大菩薩峠〜石丸峠〜小金沢連嶺(敗退)

大菩薩峠〜石丸峠〜小金沢連嶺(敗退)

大菩薩峠(標高1897m・山梨県)
石丸峠(標高1957m・山梨県)

2003年3月29日(土) 曇り〜3月30日(日) 快晴
幕営地:石丸峠付近(3/29)

●写真

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●交通

往路JR蒲田7:03 − 東神奈川7:17
東神奈川7:30 − 八王子8:25
八王子8:27 − 高尾8:33
高尾8:47 − 塩山9:55
山梨貸切自動車塩山駅10:21 − 大菩薩登山口10:42

復路山梨貸切自動車大菩薩登山口14:52 − 塩山駅15:20
JR塩山15:38 − 大月16:14
大月16:17 − 立川17:21
立川17:34 − 川崎18:27
川崎18:30 − 蒲田18:35

●山行

1日目(歩行時間4:27)
大菩薩登山口(裂石)10:46-仙石茶屋11:17-上日川峠12:30-休憩35分-上日川峠発13:05-福ちゃん荘13:24-大菩薩峠14:35-休憩15分-大菩薩峠発14:50-石丸峠15:40-テン場16:03
2日目(歩行時間3:33)
テン場7:10-石丸峠7:25-休憩80分-石丸峠発-8:45-テン場8:55-撤収23分-テン場発9:18-途中休憩45分-上日川峠11:21-休憩5分-上日川峠発11:26-仙石茶屋12:09-大菩薩登山口12:31

●記録文

●1日目
前回の泊まりは畦ガ丸避難小屋だったけれど、今回は雪のテン泊が課題。モンベル ダウンハガー#1のテントでの性能も試したい。適当に雪がありそうな大菩薩から、小金沢連嶺を歩いて湯ノ沢峠へ。そこから甲斐大和に降る計画を立てた。このコース自体はいつか歩いてみたいとかねがね考えていたところでもある。
塩山に着いたのは10時ごろ。時期外れなのか時間が遅いせいか、いつもの登山者の大行列はなく、介山荘に泊まるという一人とともに、100円バスで裂石に向かう。途中、白人のカップルが乗ってくる。こちらも登山スタイル。
裂石(大菩薩登山口)から歩き始める。雲峰寺前の静かな車道を通って、ゆっくりと登っていく。白人のカップルは丸川峠の方に折れていった。ここには冬期閉鎖のゲートがあって、開通するのは4/1以降とのこと。登山者のものらしい車が数台止めてあった。仙石茶屋の手前辺りで中高生風のグループを追い抜いた。大菩薩では中高生のキャンプをよく見かける。
仙石茶屋を通過。この茶屋は営業しているのを見たことがない。少し先から山道に入る。緩やかなのぼりを上日川峠へ。高度を上げるにつれ雪が現れはじめ、峠の手前で地面は完全に雪に埋もれた。
峠では数グループが休憩中。日帰りの者、これから登って泊まる者、思い思いに休憩している。自分もここで鍋焼きうどんを作って食べた。日差しがないせいで休んでいると寒い。この先水場がないので明日の分まで水を補給した。峠のテントサイトは雪の中で、最近幕営した形跡はなかった。車道には雪はなく3日後の開通を待つばかりの様子だった。
福ちゃん荘へ進むにつれ、さらに雪が増えていく。途中足首まで埋もれるようなところがあった。隣を通る林道も雪の中だ。福ちゃん荘に着くと除雪された雪がうずたかく積まれていた。テントサイトも雪の中。水場の蛇口をひねると水が出なかったので、上日川峠で汲んでおいてよかったと思った。
今日は小金沢方面まで進む予定なので、まっすぐ大菩薩峠へ向かう。林道が尽き、小橋を渡って樹林帯を登っていく。雪がやわらかい箇所は膝ぐらいまで潜る状況になってきた。小屋手前辺りから徐々に高原的な雰囲気に変わっていく。雪の斜面の向こうに赤い介山荘が見えて、無雪期日帰りなら40分くらいのところを1時間以上かけてようやく峠についた。
人気のない峠。旧峠方面の斜面に人が取り付いているのが見えた。付近の様子を見ると、日当たりの良いところは笹原が露出しているけれども、それ以外は雪が豊富で7-80cmはありそうな感じだった。端のほうだけ露出しているベンチに座って菓子パンをかじる。旧峠から降りてきた3人組に乞われて写真を撮ってあげる。今夜は介山荘泊だとのこと。小金沢に行く旨を告げて出発すると、荷物を置いてしばらくあとからついて来た。
石丸峠へ向かう登りで雪は急に深さを増した。北面にあたるせいか? 雪が柔らかく、数歩に一回くらいのペースで腿辺りまで潜るようになってきた。その足を抜こうとして踏ん張る足がまた腿まで潜る。荷も重く、辛い歩行を強いられた。
石丸峠を見下ろす位置まで来ると、一部地面が露出している箇所があるので一息つけた。しかしそこから先、再び雪深く、腰まで潜るような状況で、ようやく峠に辿り着いた。途中足が攣ってしばらく動けなくなった。トレーニング不足、経験不足だ。後ろからついて来たグループは、いつのまにか諦めて姿が見えなくなった。
足が攣ったので無理な行動は控えることにした。16時に近い時間になったので、この辺りで幕営地を探した。国立公園界から気持ち離れた辺りの樹林帯に設営することにした。笹原の上の斜面で安定があまりよくなかったのだけど、一夜の宿には充分だった。
日暮れまで酒を飲み、夕飯は再び菓子パン。それにタマゴスープを作って飲んだ。今日はスパッツを持参しておらず、ラッセルで靴の中に入った雪が融けて、靴下と靴の内側がかなり濡れてしまった。暇つぶしにストーブであぶって乾かしてみる。ホンの気持ちだけ乾いたような気がした。シュラフに入って夕暮れの斜面を見たのち就寝。温度計を見ると−2度。夜中上半身は暖かかったのだけど、足先が一晩中冷たかった。乾いた靴下に履き替えはしたのだけど、もう一二枚あればよかったかもしれない。
●2日目
翌朝4時に起床。温度は−7度。テントの内側にびっしり霜が付いている。一部が融けてシュラフを濡らしている。外を見ると霧が出ていて見通しがきかない。春らしい様子だ。今日の予報は晴れだったので日が昇ればきっと青空が広がるに違いない。靴と靴下が凍っていたのでそれを乾かしたり、再びシュラフに入ってまどろんだり、視界がはれるのを待った。
7時過ぎにようやく青空が広がり始めたので、石丸峠へ移動してみる。朝は雪がしまっていて、昨日のように雪にもぐらず進むことが出来た。木々には霧氷が出来て、白い砂糖菓子のようになっている。それが時折、さらさらと地面に落ちていく音がした。
峠付近からは、青空の向こうに富士山と南アルプスの峰々を全て眺めることが出来た。南アの顕著な山をほとんど同定することが出来て、右から甲斐駒ヶ岳、仙丈岳、鳳凰山、北岳、間ノ岳、農鳥岳、塩見岳、小河内岳、荒川岳、赤石岳、聖岳、上河内岳と、白い峰々の連なりはいくら見つめても飽きることがなかった。一時間余り、ウィスキーを飲みながら至福の時間を過ごした。
誰もいない雪原を充分満喫し、テントに戻って撤収。テント内には、霜が融けた水溜りが出来ていた。好天となったので少し名残惜しいけれども、無理せず今日は上日川峠に下山することにする。徐々に気温が上がり、荷を担いだ重みも手伝って、再び足が雪にもぐるようになったが、高度を下げるにつれてその深さも減じていった。途中、地面の露出した日当たりのいい場所で、雪を融かして、レトルトのハヤシライスを作って食べた。
まだ雪がたっぷりの林道をまたいで、どんどん下山。上日川峠が近づくと、道は一部泥道となって、靴がどろどろになる有様だった。来週からは混雑するだろう上日川峠を通過。乾いた登山道となって、やがて仙石茶屋に戻ってきた。今回は雪が深かったけれども、全行程を通してアイゼンを必要とするような凍結箇所はなかった。気温が高かったせいだろうか?
車道を辿って裂石へ。茶屋のオバサンにあと2時間以上バスがないから、暇つぶしに雲峰荘の温泉(500円也)に入って来い、と言われ素直に従う。雲峰荘へはバス停から5分ほど。内湯と露天があるが、石鹸が使えるのは内湯だけとのこと。お湯は無味無臭。内湯には誰もおらず、静かに山行の疲れを洗い流すことが出来た。
茶屋に戻ってビール(600円也)を頂く。腹が減ったのでほうとう(900円也)も頼むと、甘めの味噌味が疲れた体に格別だった。満腹となり、ようやくやってきたバスに乗ったのは10人ほど。混雑一歩手前の大菩薩で、雪と展望を満喫できた二日間だった。そして、敗退した小金沢、甘く見ていたことを後悔しながら、次回挽回を期すことを誓いながら帰路に着いた。

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