山に行こう 山行記録 八紘嶺〜七面山

八紘嶺〜七面山

八紘嶺(標高1918m・静岡県/山梨県)
七面山(標高1989m・山梨県)

2005年5月27日(金)曇り〜5月28日(土)晴れ
テント泊 単独

●写真

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●交通

往路JR蒲田6:12 − 品川6:22
品川6:30 − 静岡7:55
静岡鉄道バス新静岡8:35 − 梅ヶ島温泉10:30

復路山梨タウンコーチ七面山登山口13:20 − 身延駅13:57
JR身延14:07 − 甲府15:21
甲府15:32 − 高尾17:02
高尾17:11 − 東京18:16
東京18:20 − 蒲田18:40

●山行

1日目(歩行時間3:24)
梅ヶ島温泉10:33-途中休憩5分-登山口10:46-途中休憩5分-林道出合11:48-休憩5分-林道発11:53-途中休憩10分-八紘嶺13:47-休憩10分-八紘嶺発13:57-(偽)インクラ跡14:32
2日目(歩行時間4:49)
(偽)インクラ跡4:45-インクラ跡4:53-途中休憩5分-第二三角点5:56-途中休憩10分-希望峰6:50-休憩60分-希望峰発7:50-七面山8:12-休憩16分-七面山発8:28-敬慎院9:05-休憩13分-敬慎院発9:18-奥の院9:32-休憩5分-奥の院発9:37-休憩10分-安住坊10:50-休憩13分-安住坊発11:03-七丁目11:29-休憩16分-七丁目発11:45-七面山登山口12:02

●記録文

●1日目

静岡着7:55。今回は贅沢にも新幹線利用で片道6180円もかかってしまった。通勤ラッシュの中を歩いて新静岡まで移動した。静岡駅前の大通りには横断歩道はなく、新静岡側への移動は地下から行かなくてはいけない。本日の荷は19Kほど。八紘嶺〜七面山間には小屋も水場もないようなので、リスクを見た上で水を計6L担いだ。他にビールと日本酒で計1L持ったので水分だけでだいたい7Kという勘定だ。
混雑するターミナルで梅ヶ島温泉行きを待っていると、先に畑薙ロッヂ行きのバスが来て、おもわずそちらにふらふらと吸い込まれそうになる。南アルプス南部の山にも、是非また出かけたいものだ。梅ヶ島温泉行きには数人乗車。静岡駅で、ほぼ満席となったが、後は降りる一方で、安倍川が見える頃には車内はガラガラになっていた。3人の登山者が乗っているが、手提げを持っているところを見ると旅館泊まりのようだ。
バスは安倍川の広大な川原沿いを進み、やがて両側に急峻な山肌が迫るようになって、静岡から2時間、梅ヶ島温泉に到着した(1600円也)。もっと寂れた一軒宿を想像していたのだけど、意外にも旅館が10件以上あるように見えた。バス停付近にトイレや売店はない。同乗の3人は目の前の旅館に入っていった。今日は一応天気予報と相談して静岡方面に進出したのだけど、空は曇天。関東は雷雨の予報だったが、こちらはどうか? 尾根筋の高い部分はガスに飲まれている。
そのまま舗装路を歩いていくと、すぐに登山口があった。足ごしらえを整え熊鈴をつけて歩き始めた。しばらくは植林帯の緩やかとも急ともつかない登りが続いた。道はかなり整備されていて歩きやすい。途中休憩していると、バスで一緒だった3人組みがやってきた。彼らは八紘嶺ピストンとのこと。林道出合までの1時間ほどは前後して歩いていたが、こちらはスピードが上がらないので先に行ってもらう。
林道出合は車道が通じているが、どちらに降るのも通行止めのようだ。がけ崩れか何からしい。再び登山道に取り付き登り始める。若干道が細くなり、登りにくい箇所もあるが、危険箇所はなく淡々と登っていくことが出来た。この辺りは雑木林で、ツツジが花期を迎えていた。先週に引き続きシロヤシオを眺めながらの気持ちのよい山歩きとなる。ヤマツツジの紅色と実に好対照だ。道は徐々に急坂が多くなっていった。
高度が上がると気温が下がり、時折稜線をガスが掠めていくようになった。この辺りの林相は美しく、なにか西丹沢辺りを歩いているような錯覚を覚えた。特に展望は得られないのだが、雨が降る一歩手前の森の様子がじつにたまらない。Tシャツで登っていると、さすがに寒くなってきた。途中、先の3人組が昼食をとっていた。3人組に「若いね〜」と言われる。若いといってももう35なんですが...
そこから15分ほど、針葉樹の森を抜けていくと八紘嶺山頂についた。樹林に囲まれてる以前に、ガスっているのでますます展望がない。誰もおらず森閑としている。ここは山伏への道と七面山への道の三又になっている。地面にはテントが一張りだけ張れそうなスペースがあった。休んでカレーパンをかじっていると、ホースで水をまくような音が一瞬聞こえた。雨粒のようだ。急いで荷をまとめて、インクラ跡へと下っていった。
降りは北側の斜面で、今までとうって変わってツツジは1本もない。笹藪の中に、細いがしっかりした道が続いていた。辺りの雰囲気も、気のせいか先ほどまでより野性味を増していた。もう今日は誰にも会わないだろう、と思っていたら前方から単独の若者が猛スピードで登ってきた。日帰りで七面〜八紘を歩いているのだろうか?
しばらくいくと鞍部にテントが何張か張れそうな場所があった。ここがインクラ跡だろうか? 何も掲示がないのでわからない。荷をおいてしばらく先まで行ってみたが、他にそれらしき場所がないので、戻って今夜の宿はそこに決めた。時間的にはもう少し進んでもよいのだが、この先テントがはれる場所がある保証もないし...
笹薮に囲まれた周辺を確認すると、ところどころに鹿糞が転がっていた。鹿だけならいいのだが、熊が出たら困るので、熊鈴は肌身離さず持っておくことにした。設営し、ビール、日本酒と一人きりの宴会でマッタリとした時間をすごした。いつの間にか天候は回復し始めていて、時折日も差してくるようになった。米を炊いてコンビーフで夕飯。満腹になったら眠くなったのでテントに入って寝た。
眼が醒めると19時半過ぎで、すでにあたりは暗い。それから夜半過ぎまで、間歇的に鳴く鹿の「ぴきー」という声に付き合う羽目になった。よってきたらやだなー、と思いながらうとうとしていたのだけど、まあ、向こうも変な人工物があるからそれほど接近してこないようだ。0時過ぎから朝までは、かなりぐっすり眠ることが出来た。
●2日目

鳥の声で薄明から起床。時計を見ると4時前だ。テントから空を見上げると月が見えた。外の気温は5度。それほど寒くない。ウィダーインゼリーを飲んで撤収。昨日の余り米は展望のいい場所でお茶漬けにするつもりでとっておく。どうせすぐにガスが上がってくるのは目に見えているので、なるたけ早く希望峰という展望ポイントに着きたかった。そこからは南アルプスと笊ヶ岳がよく見えるらしい。
4:45に出発。左手をよく見ると南アルプスの雪をかぶった山稜が垣間見えたので俄然やる気が出てきた。10分ほど進んだら、広場のような場所に出て、そこが本物のインクラ跡だということがわかった(標示有)。明らかにここに幕営したほうが快適だった。傍らには七面山四の池という祠があった。四の池とあるからそれらしきものを探したがあたりは笹薮ばかりだった。
そこからはアップダウンのある道が続いた。結構な急坂もある。かと思えば、妙に平坦な箇所もあった。第二三角点の手前では一部樹林の途切れたところがあって、聖岳、赤石岳を眺めることが出来た。
さらに展望のない樹林帯のアップダウンを繰りかえす。地面には苔むした倒木が多い。しかし、登山道の手入れはしっかりされていて、そうした倒木も歩きやすくカットされていた。途中イワカガミの群落に出会った。思わず足を止めていろいろな角度から写真を撮ってしまう。右手から朝日が差し込んでいるのでそちらを見ると、真っ白にかすんだ中に富士山のシルエットを見ることが出来た。
希望峰に着いた。切り開きになっている西側の展望は、いままでの地味な山容を吹き飛ばすかのようにすばらしいものだった。手前に笊ヶ岳が唇のような頭をもたげている。その向こうには上河内、聖、荒川が残雪をおいて鎮座している。さらに北のほうに目をやれば、塩見、間ノ岳、そして北岳までもがその三角錐を見せていた。この大展望を楽しみながら大休止。湯を沸かしてお茶漬けを食べる。投入した梅干が実にうまい。
今回のコース、ここより展望のいい場所はないとのことなので、食事後もなかなか立ち去りがたい。正面に見えている笊ヶ岳、あそこの展望は伝え聞くとおりすばらしいに違いない。いつか登ることを心に誓って希望峰を後にした。
いったん下って、涸れた三の池の窪地を見る。この辺り、林床の羊歯の芽吹きが実に美しい。道はその中をゆるく登っていった。やがて大きな切り開きの台地に出て、そこが七面山だった。展望は樹林の間から笊ヶ岳と荒川岳が少し見える程度。だれもいない山頂でスニッカーズをかじって補給した。静寂の陽だまりを楽しんだあと、13時過ぎのバスを目指して、七面山を後にした。
敬慎院への道は唐松の新緑の中だった。萌黄色の森の中に広い道が続いている。大崩壊のナナイタガレは右手。崩壊が進んでいるらしく、ロープで進入禁止にされていた。エイっとロープをくぐって縁まで進んでみると、そこまで森だった向こう側がすっぱりと数百メートルにわたって切れ落ちていた。
この森の向こうにこのように大きなガレザレがあるとは地図でわかっていても意外で、その場に立った瞬間足がすくんでしまった。よく見ると足場の下も抉り取られており、草付で何とかへばりついているような状況。自分の足元がどうなっているかと想像すると怖くなってと登山道に引き返した。ナナイタガレの侵食はどんどん進んでいるのだろう。七面山自体がそこに飲み込まれる日がいつか来るのだろうか...?
今歩いているこの美しい森のすぐ向こうがあのようなショッキングな景色になっていると知って足取りもおぼつかないまま、ふらふらと敬慎院へと降っていった。敬慎院は池のほとりにあった。数棟の建物が並んでおり、伽藍も見える。
荷揚げケーブル近くで、畑を耕している老人と会話した。八紘嶺から歩いてきた、というと、その体格なら大丈夫だ、と言われた。あ〜あ、やっぱりこの半年で太ったかなぁ、とあまりプラスにとらえられない。敬慎院へは池側から迷い込んでしまい、お堂の裏を潜り抜けて境内に出た。登山者向けの道標はあまり整備されていないようだ。
境内には何棟もお堂が建っていた。朝早いせいか誰もおらずひっそりとしている。やがてどこからともなく霧が降りてきてあたりは神聖な雰囲気に包まれた。暗い山門の前で独り白装束の人がお経を唱えている姿が印象に残った。
敬慎院から奥の院までは林道になった。このあたりは作業用の車もかようらしく、登山者としてはちょっと拍子抜けだ。途中の二の池はここも水が涸れていた。林道をずんずんいくとすぐに奥の院に着いた。読経のテープがあたりに流れていて、信者でもなんでもない自分には、ちょっと異様な雰囲気だった。登拝者用にお茶のサービスがあったがこれには口をつけず、本堂の裏から下山道へと入っていった。
登山道はすこぶる整備されていた(かといって自然が失われているわけではない)。ベンチ、休憩舎がところどころにあり、お堂ではお茶のサービスもあった。各休憩所にはトイレもあった。奥の院直下の休憩所では水も引かれていて水量も豊富だった。
登山道の上部ではツツジが花期を迎えていた。看板に説明があって、白い花はゴヨウツツジだということがわかった。家で調べてみるとゴヨウツツジはシロヤシオの別名だそうだ。
降っていく間にいくつかの信者の集団とすれ違った。中には白装束の集団もいた。どのグループもお経を唱えたり、太鼓をたたいたりしていた。一様に宗教家らしい人の良さを備えていた。
安住坊の前には巨大なトチの木があった。これは壮観だ。そしてこのお堂の前では、ちょうど集団がお経を上げているのを目撃することが出来た。近頃はお経を音楽として捕らえる向きもあるようだが、このような山中で、お経の「合唱」を聞くことになろうとは思いもよらなかった。とにかくどの登拝者も年季が入っているようで、発声の仕方からしてみな只者ではない。そして下山まで、登拝者以外の登山者には会うことはなかった。
道が整備されていたおかげで、少し早めに下山完了。七面山の登拝登山は相当人気(?)らしく、登山口には何台ものバスが乗り付けていた。どうやら各地のお寺の檀家が総出で登りに来るような山らしい。
バス停で身延行きの時刻を確認し、あと1時間あるので「ひのや」で風呂を借りて汗を流した(500円也)。さっぱりしたあと畳の部屋でビールをいただく(500ml、400円也)。サービスでついてきたきゅうりの漬物が格別おいしかった。町全体が七面山と宗教を中心に成り立っているようで、となりでは地元の人が写経をしていたり、宿のおばさんとの話も、どこかそんなにおいが漂ってくる内容だった。
身延行きのバスの乗客は自分ひとり。あとは悠々酒を飲みながら帰京だ、と思いきや、駅で電車を確認すると、次の富士行きは2時間後。仕方なくすぐに発車の甲府行きに乗って、少し遠回りで家路に着いた。

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